保守用回線が、人の集まる場所になった

電話網には、交換機や回線を試験するための番号や回路があった。

その一部には、二つの番号が同じ回路の両端へ接続され、別々の場所から掛けた二人が同じ線上で音声を交わせるものがあった。

phreakerは、こうした回路をloop-aroundと呼び、待ち合わせや情報交換に使った。

電話会社
        回線を試験するために用意する
                ↓
        誰かが番号を発見する
                ↓
        別の誰かへ番号を伝える
                ↓
        知らない人が同じ回路へ現れる
電話網を調べる者たちは、その電話網の内部に自分たちの部室を見つけた。

番号は住所だった

loop-aroundに建物はない。

掲示板も、会員登録も、利用者名もない。

存在するのは番号と回路だけだった。

決まった番号へ電話すると、誰かが待っているかもしれない。誰もいなければ、しばらく音を聞いて待つ。誰かが入ってくれば、声だけで会話が始まる。

番号
        = 場所
        
        呼び出し音の後の沈黙
        = 部屋
        
        回線へ現れた声
        = 入室者

現在のURL、チャットルーム、音声サーバーに相当するものを、電話網の試験機能が偶然提供していた。

共同体は、技術の外側に作られたのではない

phreakerは、雑誌や郵便だけで情報交換したのではない。

電話網そのものを使って、

  • 新しく見つけた番号
  • 交換機の音
  • 地域ごとの違い
  • 技術文書の所在
  • Blue Boxや各種Boxの話
  • 電話会社や警察の動き
  • 雑談、冗談、噂

を交換した。

調査対象と通信媒体が同じだった。

電話網を理解するための共同体が、電話網の穴の中で育った。

これは、後のBBSやIRC、地下フォーラムにもつながる構造である。

共同体は、完成したプラットフォームを与えられて始まるとは限らない。既存システムの余白を、利用者が場所として読み替えることで生まれる。

conference circuitとの重なり

phone phreakは、loop-aroundだけでなく、初期のconference circuitや試験用ブリッジにも集まった。

The History of Phone Phreakingは、phreakerがconference call circuitとloop-aroundで互いに連絡し、自作ニュースレターで情報を広めたと説明している。

これらは同一の設備ではないが、文化的には近い。

本来の用途
        保守、試験、会議
        
        読み替えられた用途
        出会い、待ち合わせ、共同研究、地下文化

声だけの匿名性

loop-aroundでは、画面名すら必要ない。

声、口調、知識、よく使う呼び名だけが人物を作った。

誰がどこから接続しているかは分かりにくく、同じ人物が別名を使うこともできる。

一方で、完全な匿名空間ではなかった。

電話会社は回線を所有し、通話記録や設備状態を調べられる。警察や電話会社が共同体を観測する可能性もあった。

参加者から見ると匿名
                と
        網の運営者から見ると追跡可能

この非対称性も、後のオンライン共同体に繰り返し現れる。

音声SNS以前の音声SNS

loop-aroundを現代語で「音声SNS」と呼ぶことはできる。

しかし、現在のサービスとの違いも大きい。

  • 運営者が共同体のために設計していない
  • 利用規約もモデレーターもいない
  • 参加者一覧がない
  • 保存ログが利用者には見えない
  • 名前より声と技術知識が重要
  • 場所が突然消える

プラットフォームではなく、機能の誤用から生まれた場所だった。

loop-aroundは、サービスではなく、発見された空間だった。

この標本が示すもの

  • システムの保守機能は、利用者にとって別の社会空間になり得る
  • 番号やコードは、機能指定であると同時に住所になる
  • 調査対象と通信基盤が同じとき、共同体は急速に知識を循環させる
  • 匿名性は、参加者と運営者で対称ではない
  • 非公式空間は、運営者が穴を塞ぐと消える
  • 消えた場所も、録音、回想、文書によって文化史へ残る

電話網には、都市も部屋もなかった。

それでも、同じ番号へ集まる者にとって、そこは確かに場所だった。

関連標本

資料・出典