電波を、ソフトウェアで触れる形にする

HackRF Oneは、無線信号を受信または送信し、その波形をコンピュータ上のソフトウェアで扱うためのSoftware Defined Radio、SDRである。

従来のラジオや無線機では、受信する方式や用途の多くが機器の回路によって決められている。FM放送を聞くラジオ、航空無線を受信する機器、特定の業務無線を扱う装置は、それぞれ別の道具として作られてきた。

SDRでは、その処理の一部をソフトウェアへ移す。

アンテナが受けた電波
                ↓
        電気信号への変換
                ↓
        デジタル標本列
                ↓
        ソフトウェアによる表示・解析・復調

HackRF Oneは、この流れの入口を机の上へ持ってくる。

公式仕様では、1MHzから6GHzまでを扱う半二重トランシーバーで、最大毎秒2000万標本、8ビットのI/Q標本をコンピュータへ渡す。GNU RadioやSDR#をはじめとする複数のソフトウェアから利用でき、ハードウェア設計とソフトウェアも公開されている。

Flipper Zeroとは、見ている層が違う

Flipper Zeroも無線信号を扱うが、HackRF Oneとは役割が違う。

Flipper Zeroは、Sub-GHz、RFID、NFC、赤外線など、あらかじめ整理された複数の入口を携帯端末の中へ並べている。画面とボタンがあり、信号を機能やファイルとして扱いやすい。

HackRF Oneには、そのような携帯機器としての完成された画面や操作体系がない。USBでコンピュータへ接続し、アンテナ、周波数、帯域、利得、表示方法、解析方法をソフトウェア側で組み立てる。

Flipper Zero
        = 信号を、既知の道具や規格として手元へ集める
        
        HackRF One
        = 電波を、まだ意味の付いていない標本列として取り込む

一方が信号の採集箱なら、もう一方は電波の作業台である。

スペクトラムを見る

私たちの周囲には、放送、無線LAN、Bluetooth、携帯電話、衛星、リモコン、センサー、位置情報、業務通信など、多数の電波が重なっている。

しかし通常、それらは存在を意識されない。機器が必要な部分だけを受け取り、利用者へ意味のある表示へ変えているからである。

SDRの画面では、周波数ごとの信号強度をスペクトラムとして表示できる。時間による変化をウォーターフォール表示にすると、短く現れる信号、連続している信号、一定間隔で繰り返す信号などが、模様として見えてくる。

ここで初めて、空間が空ではなかったことが分かる。

無線通信は、機械の中で突然始まるのではない。意味を持つ前の信号として、すでに空間を満たしている。

見えることと、分かることは違う

スペクトラム上に線や山が見えても、その意味まで自動的に理解できるわけではない。

  • どの変調方式が使われているか
  • どの帯域幅で送られているか
  • 信号がアナログかデジタルか
  • データがどのように区切られているか
  • 暗号化や認証があるか
  • どの機器が、何の目的で送っているか

これらは別の層である。

電波を受信できること、信号の形を見られること、通信内容を復調できること、意味を解釈できること、利用権限を持つことは同じではない。

HackRF Oneは、不可視だった電波を見えるようにする。しかし、見えたものへすぐ名前を与えてくれる機械ではない。

その不親切さが、道具としての重要な部分でもある。

半二重という身体

HackRF Oneは送信と受信の両方に対応するが、同時には行わない半二重の機器である。

これは単なる仕様上の制限ではなく、機器の身体のあり方を示している。

受信している間は空間を聞き、送信している間は空間へ働きかける。観察と介入が、一つの端子と回路を時間で分けて使う。

受信は対象を記録する行為に見えるが、送信は周囲の無線環境へ信号を加える行為になる。実験では、技術的に可能であることと、電波規制、設備の所有、周囲への影響、実施許可を分けて考えなければならない。

この標本では、具体的な送信方法や既存通信への介入手順は扱わない。

開かれた無線機

HackRF Oneはオープンソース・ハードウェアとして作られている。

公式Repositoryには、ホスト側ソフトウェア、ファームウェア、ハードウェア設計、ドキュメントが公開されている。完成品の表面だけでなく、内部の回路やコードへ辿ることができる。

無線機は本来、内部へ近づきにくい装置である。高周波回路、専用部品、測定器、アンテナ、法規制が重なり、利用者には閉じた箱として現れやすい。

HackRF Oneは、その閉じた箱を完全に簡単なものへ変えるわけではない。

代わりに、複雑なまま触れられる入口を公開する。

分からない機械を、分からないまま開けておけること。

それが、この道具のハッカー的な性格である。

この標本が示す穴

HackRF Oneが示すのは、特定の無線方式の欠陥だけではない。

  • 空間を飛ぶ信号は、送信者と受信者だけのものだと思われている
  • 専用機器がなければ電波は観察できないと思われている
  • 画面に意味が表示される前の信号は、存在しないものとして扱われる
  • 受信できることと、理解できることが混同される
  • 理解できることと、介入してよいことが混同される
  • 無線機の内部は、製造者だけが理解するものだと思われている

HackRF Oneは、これらの境界を机の上へ露出させる。

万能な解読器ではない。電波の広さと、理解するまでの距離を同時に見せる機械である。

関連標本

  • Flipper Zero
  • RTL-SDR
  • Software Defined Radio
  • スペクトラム
  • ウォーターフォール表示
  • アンテナ
  • GNU Radio
  • HackRF Pro
  • YARD Stick One
  • 電波と法規制
  • 観察と介入

資料・出典