電話をかけるだけで情報を買う
ダイヤルQ2は、0990から始まる番号へ電話をかけることで、有料の音声番組や情報サービスを利用できる仕組みだった。
NTTが1989年7月に開始した正式名称は、情報料回収代行サービスである。
利用者が0990へ電話する
↓
情報提供者の番組を聞く
↓
通話料とは別に情報料が発生する
↓
NTTが電話料金と一緒に回収する
↓
情報提供者へ支払う
利用者はクレジットカード番号を入力しない。
会員登録もしない。
商品を買うボタンもない。
電話番号をダイヤルし、接続された時間や番組の料金に応じて、後から電話料金の請求書へ情報料が載った。
電話番号そのものが、コンテンツの入口であり、決済画面でもあった。
通話料ではなく情報料
普通の電話では、料金は距離や時間に応じた通話料として通信事業者へ支払われる。
ダイヤルQ2では、それに加えて、番組を提供する事業者が設定した情報料が発生した。
通常の電話
= 通話料
ダイヤルQ2
= 通話料
+
情報提供者へ渡る情報料
NTTは情報の内容を作る者ではなく、電話網への接続と、料金の回収を担った。
電話会社の請求書が、多数の情報提供者の代金回収基盤になったのである。
現在のアプリストア決済、キャリア決済、動画配信の課金、投げ銭などに近い構造が、固定電話網の上に作られていた。
0990という見た目
ダイヤルQ2の番号は0990から始まった。
通常の市外局番に似ているが、地域の住所を示す番号ではない。
03・06など
= 地域の電話番号
0990
= 有料情報サービスへの入口
番号の先にいるのは、特定の家庭や会社の電話機ではなく、録音番組、音声案内、コンピュータ、情報提供システムだった。
電話番号は人や場所を呼び出すものから、サービスの種類と課金方式を示す記号へ変わった。
何が提供されたのか
ダイヤルQ2の上には多様な番組が作られた。
- ニュースや専門情報
- 天気、占い、競技結果
- 芸能・音楽関連情報
- クイズやゲーム
- ファンクラブ的な音声
- 相談、会話、交流サービス
- 成人向け番組
- パソコン通信やインターネット接続
- 災害時の義援金募集
技術的には同じ課金基盤でも、情報の内容と社会的意味は大きく異なった。
一つの番号体系の中に、実用情報、娯楽、成人向けサービス、通信接続、寄付が同居していた。
声を聞いている時間が商品になる
紙の本やテレホンカードは、購入した時点で物が手元に残る。
ダイヤルQ2で買われたのは、電話回線の先で流れる時間だった。
番号へ接続する
↓
録音された声が流れる
↓
時間が経過する
↓
料金が積み上がる
↓
電話を切ると商品も消える
情報は保存されず、電話を切れば手元には何も残らないことも多かった。
それでも翌月には、利用の痕跡が請求額として現れた。
声は消えるが、料金だけが紙に残る。
誰が使ったか分からない電話
固定電話は家族や会社で共有されていた。
請求先は契約者一人でも、受話器を取って番号を回せる者は複数いる。
電話回線の契約者
≠
実際に電話をかけた者
子ども、家族、従業員、来訪者が利用しても、情報料は回線契約者の請求書へ載る。
ここに、電話網の課金主体と利用主体のずれがあった。
ダイヤルQ2は「回線を使える者には、回線契約者の支払い能力を使う権限もある」と暗黙に扱いやすい構造だった。
高額請求と利用規制
サービス開始後、高額な情報料、家族に無断での利用、成人向け番組、長時間接続などが社会問題になった。
NTTは段階的に対策を加えた。
- 1990年:回線単位でダイヤルQ2へ接続できなくする利用規制
- 1992年:利用額が急増した契約者への請求前通知
- 1995年:希望者が暗証番号を設定するパスワード機能
- 2000年:接続先が0990の場合に注意を促すパソコン用チェックプログラム
- 2001年以降:大半の番組をパスワード必須の区分へ移す対策
誰でもダイヤルできる
↓
高額請求や無断利用が起きる
↓
利用規制・通知・暗証番号を追加する
最初は電話回線への物理的なアクセスが利用権限のように扱われた。
後から、契約者の意思を確認する認証層が追加されたのである。
ダイヤラーとインターネット
1990年代末から2000年代初頭には、パソコンのダイヤルアップ接続先が、利用者の認識しないままダイヤルQ2番号へ変更され、高額な情報料が発生する問題も起きた。
利用者が見ているもの
= インターネットへ接続するソフト
電話網が見ているもの
= 0990へ発信するモデム
画面上では無料コンテンツや接続ソフトに見えても、モデムは有料番号へ電話をかけていた。
ここでは、コンピュータ画面上の意味と、電話交換機が処理する番号が分離していた。
画面は「接続」と表示し、電話網は「有料番組への発信」と記録した。
ダイヤルQ2は、電話とインターネットが重なった時代に、表示、同意、番号、課金の境界を露出させた。
情報提供者にとっての小さな課金基盤
ダイヤルQ2は問題だけを生んだわけではない。
情報提供者にとっては、独自の集金システムやクレジットカード決済を用意せず、全国の固定電話利用者へ有料情報を販売できる仕組みだった。
コンテンツを用意する
↓
0990番号で番組を提供する
↓
NTTが情報料を請求・回収する
↓
情報提供者が代金を受け取る
電話網は通信基盤であるだけでなく、小規模事業者が参加できる決済プラットフォームにもなった。
その構造は、後の携帯電話公式サイト、キャリア課金、アプリ内課金へつながる。
募金へ転用された課金
電話をかけるだけで料金を発生させられる性質は、義援金募集にも使われた。
放送番組で番号を案内し、視聴者が電話をかける。発生した情報料が寄付として回収される。
同じ仕組みが、成人向け番組にも、ニュースにも、寄付にも使える。
技術は目的を選ばない。
何へ課金するかを決めるのは番号ではなく、その番号の向こうに置かれた物語だった。
ダイヤルQ2終了後も、この用途は別の災害募金サービスへ引き継がれた。
終了
NTT東日本とNTT西日本は、インターネットなど情報提供手段の多様化と利用減少を理由に、2014年2月28日でダイヤルQ2を終了した。
開始は1989年7月。
約24年半にわたり、電話番号、音声情報、課金、請求書を一つの流れへ結び付けていた。
固定電話の時代
= 番号へかけて情報を買う
インターネットの時代
= 画面を押して情報を買う
操作の表面は変わった。
しかし、通信事業者やプラットフォームが、第三者の代金を利用者から回収する構造は残った。
伝言ダイヤルとの違い
伝言ダイヤルとダイヤルQ2は、どちらも番号へかけ、録音された声を聞くことがあった。
しかし中心は異なる。
伝言ダイヤル
= 利用者同士が声を保存・交換する場所
ダイヤルQ2
= 情報提供者が有料番組を提供し、NTTが代金を回収する仕組み
伝言ダイヤルの中心は蓄積された声と共同体。
ダイヤルQ2の中心は情報料と決済だった。
両者が混ざって記憶されやすいのは、どちらも固定電話の番号の先に、目に見えない音声空間を作ったからだろう。
この標本が示す境界
- 通話料と情報料
- 回線契約者と実際の利用者
- 電話番号と決済手段
- 接続することと、購入に同意すること
- 画面表示と、モデムが実際に発信する番号
- 情報提供者と通信事業者
- 音声コンテンツと課金時間
- 正当な利用と無断利用
- 通信基盤とプラットフォーム
- 娯楽、成人向け情報、通信接続、寄付を支える共通技術
ダイヤルQ2は、電話網が通話を運ぶだけでなく、情報を販売し、代金を回収する市場になり得ることを示した。
私の記憶
伝言ダイヤルを思い出すと、そこにはダイヤルQ2も並んでいる。私の記憶の中で、二つは同じ固定電話文化の時代に属している。
ただ、どの番組を覚えているのか、実際に利用したのか、広告や請求書を見た経験があるのかは、まだはっきり思い出せない。
それでも、0990とダイヤルQ2という名称は、固定電話が音声と料金を同時に運んでいた時代の記号として残っている。
電話を切ったあと、聞いた声は消えた。翌月、金額になって戻ってきた。
関連標本
- 0990
- 情報料回収代行サービス
- 固定電話料金
- 電話料金請求書
- 伝言ダイヤル
- テレドーム
- テレゴング
- パソコン通信
- ダイヤルアップ接続
- モデム
- ダイヤラー
- キャリア課金
- アプリ内課金
- 成人向け情報サービス
- 災害募金サービス
- ラジオライフ
- 表示と証明
- 課金主体と利用主体