文字の会議室から、歩ける都市へ

パソコン通信の多くは、文字を中心に作られていた。

利用者は会議室名と発言番号を選び、文章を読み、返事を書いた。

1990年に始まった富士通Habitatでは、利用者は仮想都市へ入り、画面上の分身――avatar――を動かした。

パソコン通信
文字の会議室へ入る

Habitat
仮想都市へ入り、分身で歩く

発言者はIDとハンドル名だけではない。

頭、服、向き、位置を持つ身体として同じ画面へ現れた。

富士通Habitatは、ネットワーク上の共同体へ、場所と身体を追加した。

Lucasfilmから日本へ

Habitatの原型は、Lucasfilm GamesがQuantum Computer Servicesと共同で1980年代半ばに開発した、大規模な商用multi-user virtual environmentだった。

家庭用コンピュータと商用オンラインサービスを使い、多数の利用者が一つの共有世界へ入ることを目指した。

富士通はこの系譜を日本語化し、1990年2月に富士通Habitatを開始した。

後継のHabitat IIは、1996年3月にNIFTY-Serve上で始まった。

Lucasfilm Habitat
      ↓
富士通Habitat(1990)
      ↓
Habitat II(1996)

技術の移植だけではない。

日本のパソコン通信文化、料金、端末、イベント、利用者共同体に合わせて、仮想都市が運営された。

avatar――ネットワーク内の身体

Habitatでは、利用者はavatarとして表示される。

画面上の頭部や衣服を変え、場所を移動し、物を持ち、別の利用者と会話する。

会員ID
= システムが利用者を識別する

avatar
= 他の利用者から見える身体

IDは契約と課金の単位である。

avatarは社会的な存在の単位になる。

avatarはプロフィール画像ではない。世界の中で移動し、他者から見られ、物を所有するための身体だった。

場所が会話を作る

文字会議室では、話題の名前が人を集める。

Habitatでは、広場、店、住宅、公園、森、施設など、場所が人を集める。

同じ場所にいる
      ↓
互いのavatarが見える
      ↓
吹き出しで会話する
      ↓
一緒に移動する

会話は一覧に並ぶ発言ではなく、その場で生じる出来事になる。

誰が近くにいるか、どちらを向いているか、何を持っているかが意味を持つ。

Habitatでは、発言の前に「そこにいる」ことがあった。

token――仮想都市の経済

Habitatには、仮想世界内で使うtokenがあった。

富士通の資料では、tokenでavatarの頭やitemを購入し、teleport、手紙、eventやgameの参加費などに使う経済活動が説明されている。

tokenを得る
   ↓
itemを買う
   ↓
贈る・使う・交換する

現実の円やドルへそのまま交換する通貨ではない。

それでも、希少性、価格、所有、贈与、賞金があれば、利用者は経済として扱う。

仮想通貨はblockchainから始まったのではない。共有世界の中で、物と行動へ価格を付けた瞬間から始まっていた。

運営者は世界を作れるが、社会を命令できない

仮想世界の運営者は、server、item、通貨、地形を作れる。

しかし利用者が増えるほど、運営者の想定とは異なる遊び方や関係が生まれる。

Lucasfilm Habitatの開発者は、利用者行動についての前提が繰り返し予想外の結果を生み、設計者は状況を用意できても結果を命令できないと振り返った。

運営者
規則と道具を作る

利用者
道具を使って文化と出来事を作る

これは現在のSNS、online game、metaverseにも続く問題である。

仮想世界の運営は、programを管理することから、共同体を統治することへ変わる。

結婚、店、event

Habitat IIは、仮想都市を生活の場として説明した。

利用者は会話するだけでなく、店でitemを買い、eventへ参加し、手紙を送り、avatar同士の関係を作る。

富士通の公式資料には、結婚式の画面も残されている。

文字だけでも人は関係を作る。

身体と都市が加わると、関係には待ち合わせ場所、衣装、観客、記念画面が生まれる。

専用softwareという入口

Habitat IIへの接続には専用通信softwareが必要だった。

当初のWindows版に加え、1996年にはSega Saturn版、Macintosh版が提供され、NIFTY-Serve経由だけでなくInternet経由の接続も可能になった。

同じ仮想都市
  ↑
Windows
Sega Saturn
Macintosh
NIFTY-Serve
Internet

一つの世界へ、異なる端末とnetworkから入る。

これは、パソコン通信からInternetへ移行する時代の重なりでもある。

Webではなく、常駐する世界

Web pageは、閲覧者が開いたときに表示されるdocumentである。

Habitatは、利用者がlogoutしても、他の利用者が活動し、itemと都市が残る共有世界として設計された。

Web page
読む対象

Habitat
入って滞在する場所

利用者は「何を読んだか」だけでなく、「どこに住み、誰と会い、何を所有したか」を記憶する。

Habitatは、networkを情報の倉庫ではなく、帰る場所に変えた。

metaverse以前

現在、avatar、virtual currency、digital item、virtual event、online communityはmetaverseという語でまとめられることがある。

富士通Habitatは、それらの多くを1990年代のパソコン通信上で実践した。

ただし、現在のmetaverseをそのまま小型化したものではない。

  • 低速回線
  • 専用software
  • 2D graphics
  • 接続時間課金
  • NIFTY-Serveの会員制度
  • 限られた同時接続

という条件が、世界の密度と作法を形作った。

保存の難しさ

Habitatを保存するには、screen shotだけでは足りない。

  • client software
  • server software
  • 通信protocol
  • 地図とitem data
  • avatar animation
  • token economy
  • event記録
  • 利用者の会話とmemory
  • 運営規則

が必要になる。

一人でclientを起動しても、そこに他者がいなければ、共同体としてのHabitatは戻らない。

仮想都市の本体はprogramだけではない。同じ時間にそこへ来る他人である。

phreaking.jpとの接点

Habitatは電話網の穴を探す文化ではない。

それでも、電話回線の先に別の社会が存在するという感覚を強く示す。

電話をかける
      ↓
hostへ接続する
      ↓
文字列ではなく都市が現れる
      ↓
別の身体で生活する

電話網は、現実の都市同士を結ぶだけでなく、仮想都市そのものを成立させる地盤になった。

この標本が示す境界

  • network上のidentityは、IDだけでなく身体として表現できる
  • 共有空間へ物を置くと、所有、経済、運営規則が生まれる
  • 運営者は世界の規則を作れても、共同体の結果を完全には制御できない
  • パソコン通信からInternetへの移行期に、共同体を保ったまま入口を増やせる
  • 仮想世界の保存にはsoftwareだけでなく、利用者と時間が必要である
  • metaverseの核心は3D表現ではなく、多数の人が一つの持続する世界を共有することにある

富士通Habitatは、文字だけだったネットワークへ絵を足したのではない。利用者へ身体を与え、通信サービスの内部に都市と社会を発生させた。

関連標本

資料・出典